社会運動の上司たちの〈裏切り〉の発覚。「しごかれていた」のは、当然、単に「私が未熟だから」だと思っていた。だから、「しごき」を辛く感じるのも封じ、心から信頼する先輩たちの言葉をありがたく聞いて、大量の自責を日々飲み込んでいた。なのに。本当は、組織への忠誠を試し人員を取捨選択するために、その意図を隠しながら、相手が傷つくのも厭わず常習的に抑圧していたのだと知った瞬間。
「私が悪かった」なら、私が不勉強で未熟なせいだったなら、君たちに怒られ続けていたことも、無理に歪められ洗脳されたことも、何歩でも譲って許す。社会運動の担い手として成長するためでしょう?
だけど何? 私は君たちの折檻を辛く感じることすら自分に許さず、耐え、自分を差し出し、それはこてんぱんになって返され、血の涙を流しながら笑顔をつくっていたのに? もともと痛めつけるのが第一の目的だったと? 忠誠を試すために?
これを知らされたとき、私の中で怒りが決壊した。もともとグラグラだった心身の調子が、これまでとは一線を画す形で崩れていった。
私がこの〈裏切り〉に直面したとき、今思えば、その怒りの矛先は社会運動の上司たちだけではなかったのだと思う。幼少期に味わったトラウマという〈裏切り〉。ずっと抑えつけられていたその怒りと悲しみが、〈似た事件〉の発生によって、水面すれすれまで浮かび上がってきた一面もあるはず。
「私が悪かった」と当然思っていたから、これ以上ない言葉の刃を投げられるのも、全部甘受した。不当な扱いだとすら思わなかった。
この、やり場のない「どうしてくれるんだ」という怒りは、加虐者たちにぶつけるべくもなくて。マグマが煮えたぎる長い長い「泣き寝入り」の相手を、自分でしなくちゃならない。
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