(前回の投稿)
リラ、誰もあなたを侵すことはできない。あなたはサンクチュアリよ……
だけど、私があなたを侵した。攻撃しようとする者たちの手を借りて。彼らの手があなたに及ぶのを許したの。
ちょっと! 触るんじゃないわよ!! もうレイプなんかさせないわよこの強姦魔ども!
ついでにあんたたちのとこに置いてた私の死体もやっと取り返してやったわよ。探しに行ったってもぬけの殻よ。今は頑丈な警護のもと私の手の中で蘇生させている。その体にどんな障害が残ろうと、自分の足で歩けなかろうと、私が一生離さずに一緒に生きていく。
強がりじゃないわよ、リラをなめんなよ、この「マザコンコンプレックス」ども。
私は心に血の通った生き方も人付き合いもしていくの。
ああ、いくらでも瞬発でパンチして追いやってやれたのに、歴代のゴロツキどもにボコされて神経おかしくなって何もわからなくなってるほうの〈建前の私〉が真に受けるから、遅くなっちゃったじゃないの。
ニナもわかった? こいつらの正体がわかったんだから、私たちの心に指一本触れさせたらだめよ。
あっちがあんたを軽蔑したんじゃないの、あんたがあいつらを見限って捨ててやったの! 焼却処分場で灰になってどこ吹く風、なんて都合のいいゴミとは違うけど、あんたはこいつらと過ごした時間という過去を消せはしなくても、いつか、それに怯えないで生きることはできるようになるの!
額縁の中に閉じ込めて、部屋に飾って、「自分が勝った」って自信を持ちながら眺めるくらいのものにできる。見てうれしいものではなくても、あなたはそうやって過去を過去として完全に止めて、それが今に流れ込むこともなくなり、純粋な今を生きながら、その静止画を眺められる。もはや勲章よ。額縁の中のそいつらは標本のように固まっていてあなたに手出しもできない。
「犠牲者物語から英雄物語への転換」
(斉藤 1996, p. 236)
(続く)
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